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2017.01.20

山の価値をまちの人へつなげる、きこりの役割[後編]前田剛志さん

〜100年後の子孫に渡したいものは何ですか〜

 

山とまちをつなぎ、多様な価値を伝えるためにさまざまな活動を行う、きこりの前田剛志さん。山と人間の関係性、これからのビジョンについてお話を伺いました。

 

いただくという気持ち

前田さんが使っている斧には溝が掘られていて、これは日本にだけ見られるものだそう。4本線は、水・光・風・土の意味があり、反対面の3本線は、お神酒・塩・お米を表しています。山に入り木を伐採する際に行う神事を簡略化したものだと言われています。そこからは、「山から恵みをいただく」という昔の人の気持ちを読み取ることができそうです。

 

 

「林業というか、今の経済の視点で見ると、山は建材かゴミかの2択。でも山にはたくさんの恵みが隠れています。山にあるクロモジという木は、一般的には和菓子に添えられる菓子楊枝として利用されていますが、このクロモジを使ってお茶をつくりました。クロモジの香りにはリラックス効果があるとも言われ、健康茶として注目されています」

 

▲クロモジ茶は天竜二俣のカフェをはじめ、東京などで飲むことができる

「林業をしたいという女性もいますが、やはり力仕事などで厳しい場面も少なくありません。でも、山の木を原料にしたお茶の製造なら、女性でも山の仕事として携わることができます。今は退職されたお年寄りに手伝ってもらっています。木材以外のお金を生む商品として、また雇用を生むきっかけにもなってくれればと考えています」

「『山の魅力を体感できるから遊びに来て』と誘ってもやっぱりハードルがあります。でも、お茶を飲んでおいしいと感じて、それが山に生えている木から生まれたものだと分かると、自然と山へ興味が向きますよね。クロモジ茶もイベントも、まちと山をつなぐ扉の役割です。そんな扉をたくさん用意することで、たくさんの人が山へ意識を向け、足を運んでくれたら嬉しいですね」

 

こちらの古民家は100年ほど前に構造材を交換した記録が残っていますが、家そのものはもっと古いとのこと。すぐ隣にある石垣のすき間からは樹齢500年になる杉が生えているので、その当時から人がいたのかもしれません。杉の木の根は大きく曲がり、いくつもの枝が伸びた姿はまるで大きな獣のような威圧感があります。「この杉にまつわる面白い話があってね」と前田さんが話し始めました。

「この杉の木は、もともとあった石垣のすき間に杉の種が落ちて育ったと思われます。徒歩道をふさぐように生えていますが、かつてここに住んでいた人は邪魔だといって伐採することはなく、木をよけて行き来していたようです。一方、家の前には樹齢100年以上の山桃の木があります。中は空洞になって枯れているように見えますが、今も懸命に生きています。でも、電線に引っかかるからと、業者の人が枝をばっさり切ってしまったんですね。杉の根が石垣を守ってくれていることを知り、ともに共存しようとする昔の人の木に対する接し方と、人間の都合だけで木をモノのように扱う現代の人、その違いがとても印象的でした」

産業の場から、コミュニケーションの場へ

▲山に抱かれた広大な敷地を前にこれからの夢を語る

林業を目的に天竜に移住してきた前田さんですが、その林業や山が、まちと人をつなぐコミュニケーションツールに変化してきたと言います。10年間誰も住んでいなかった古民家の壁はボロボロに崩れていますが、学生を交えたリノベーションの計画も進んでいます。「いろりを復活させ、お風呂も整えて、ゲストハウスにしてもいいですね。家の前の荒れた畑からは浜松市街を見渡せるので、ウッドデッキを敷いて山のお茶を飲めるようにしても楽しいかも。夢はふくらみますね」と笑う前田さん。

「カナダやドイツの林業は天然更新といって、伐採しても自然に木が生え、大きくなる環境です。でも日本は環境が良すぎるため、いろんな植物が育ってしまう。だから木が生長する環境を人間がつくる必要があります。この手間も海外と比べてコストが高くなっている理由の1つです。林業はとても時間のかかる産業。祖父が苗木を植え、父が育て、私が伐採する。林業は『森というバトンを世代を超えて引き継ぐリレー』とも言えます。でも今の時代、このバトンが途切れようとしています。

「今、林業は転換期にあります。拡大造林の話を思い出してもらうと分かるように、経済に則した価値観は簡単に変わってしまいます。でも、多くの生きものを育み、人間にたくさんの恵みを分け与えてくれる森の本質的な価値はこれからも変わらないと思います。森にはたくさんの恵みがあります。林業から山林業という視点の切り替えが必要です。山の価値や活用方法を、この場所をベースにこれからも伝えていきたいと思います」

▲Kicoroの森からは遠くアクトタワーや市街地を見渡すことができる

葛飾北斎による富嶽三十六景「遠江山中」をはじめとする浮世絵では、天竜の山々は伐採が進んだ「はげ山」として描かれています。今、私たちの目の前に広がる天竜の山々は、先人が1本1本、杉やヒノキを植えたからこそできあがったもの。でも、人がつくった美しい山の下では、人の都合によって荒れていく森があります。経済という枠組からちょっと視点を変えることで新しい山の価値を見つけ、それを伝え、実践していく前田さんは、山に生きる人でした。

 

 前田剛志

きこり/Kicoro代表
2003年、浜松市天竜区に移住し林業に携わる。学校での出張講座や木育授業をはじめ、木材の伐採からデジタル工作機械を使ったものづくりまでを体験する「FUJIMOCK FES」などを行う。森の価値やそれを守るきこりの役割を伝え、山とまちをつなぐさまざまな活動を実践している。

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