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2018.03.14

住みたくなる街を育む 「ヤドカリプロジェクト」

今、浜松で起きている面白いこと。

まだ、小さなムーブメントかもしれないけれど、

なぜか惹きつけられてしまう不思議な魅力がある。

その秘密を探ってみると、「創造都市・浜松」の明日のカケラが見えてくるかもしれない。

 

〜あなたの住みたいまちは、どんな街ですか?〜

 

近年、全国的に空き家が増加し、喫緊での対策が迫られています。浜松も例外ではなく、2013年住宅・土地統計調査(総務省)によると空き家総数は約49,200戸と2008年の調査から18,900戸増加し、住宅総数の約14%を占めるほど。これは全国平均の13.5%を上回る数字です。

 

今回は、①そんな空き家を自ら購入し ②骨組みだけにしたのちリフォームを行い ③自宅や事務所として使用後に転売し、利益で次の空き家を買う、という方法で、まるでヤドカリのように家を移りながら、空き家を一つひとつ蘇らせていく「ヤドカリプロジェクト」を始めた建築士の白坂隆之介さんを訪ね、その目的や浜松にかける思いについてお話を伺いました。

 

▲1級建築士 白坂隆之介さん

 

住宅の価値を再生させる

 

ーー最初に「ヤドカリプロジェクト」を始めたきっかけを教えてください。

 

(白坂)東京の建築事務所で働いていて、結婚を機に浜松にUターンしました。住まいを構えようとなったのですが、新築するお金もなかったので、空き家を買って改修すればいいじゃないかと。どうせお金をかけるなら、将来、転売できるよう資産価値の高いものに改修したいと思い「ヤドカリプロジェクト」が始まりました。

 

ーー一般的なリフォームと「ヤドカリプロジェクト」では、どこが違うのですか?

 

(白坂)一番の違いは、資産価値を高める改修を行うことです。

 

ーー資産価値を高めるというと、どのようなことをするのですか?

 

(白坂)断熱性や機密性を上げたり、柱の腐りなどを直し耐震基準を満たしたり、最終的には住宅性能表示である「劣化対策等級」を取得し、公的に健全な家に改修します。よくあるリフォームは、この住宅性能評価まで考慮されていません。日本の家は25年で資産価値がゼロになってしまいますが、改修し、住宅性能が評価されれば、耐用年数が回復し、適正な評価額で市場に戻す(売却する)ことができます。今、手掛けている鴨江の家の場合、劣化対策評価は等級3で、耐用年数はおおよそ75年になります。

 

ーー公的な根拠を元にした適正な評価額であることが明らかだと買い手も安心ですね。

 

(白坂)転売時に出た利益で次の空き家を購入し、また転売するというサイクルが生まれれば、行政の助成金に頼ることなく空き家問題を解決できると考えています。

▲購入当時の写真(白坂氏提供)

 

家は住み継ぐもの

 

ーー2020年には省エネ基準の義務化が予定されていて、ますます「家の性能」に意識が向いてくると思います。ここ数年、中古物件をリノベーションするスタイルが認知されてきましたが、見た目をきれいにしても、資産価値を意識する人は少なかったのではないかと思います。「ヤドカリプロジェクト」のような取組みは他でもあるのですか?

 

(白坂)ほとんどないと思います。家の評価制度が整ってきたのもここ数年ですし、そもそも一軒家を骨組みまでのスケルトンにして、状態をチェックするのに手間がかかります。現状、中古住宅の売値ほぼ築年数によるので、再販業者のなかにはリフォーム代をできるだけ抑えるため、柱がシロアリに喰われ、これから腐っていきそうな住宅でも、見た目だけきれいにリフォームして販売しているところもあります。

 

ーービジネスとして儲かりにくいから、住宅性能には手を付けず、見た目のデザインだけで済ませてしまうケースがあるんですね。

 

(白坂)外観や内装をかっこよくデザインするだけだったら、建築士でなくてもできますから。骨組みまで検査し住宅価値を上げるという、踏み込んだリフォームができるのは、建築士だからこそだと思います。特に日本は地震大国なので、骨組みの状態によっては、命に関わることですし。

 

ーー「ヤドカリプロジェクト」の話を聞き、面白いと思ったのが、誰かのためではなく、白坂さん夫妻が住むためにリノベーションした家で、さらに一度、住まわれてから売るというところ。家を販売するだけではなく、その家での暮らし方も提案しているような気がしました。第三者が、家というハードと一緒に白坂さんの暮らし方に共感することで買ってもらう。家の売り方、買い方の新しいスタイルというか。

 

(白坂)家を買って、住んで、売って、そのお金で別の家に住む、というライフスタイルもあり得るのではないかと思い、「ヤドカリプロジェクト」ではそれを体現している感じです。欧米では住み替えの意識が高く、中古物件の流通も盛んです。日本は家を買ったら死ぬまでそこに住む。だから死んだら空き家になってしまうんですね。

 

ーー日本人は新築が好きという傾向があって、特に現代は、自分が住んでいた家や他人の家をリフォームして住み継ぐという意識が希薄なのかもしれませんね。

 

浜松の価値観を変える

 

ーー16年ぶりに戻られた浜松はいかがですか?

 

(白坂)良くも悪くも、製造業が強い街だと感じました。仕事も暮らしも製造業への依存が高く、工場がなくなったら終わり。製造業から見た価値観だけじゃない価値の付け方に、自分の仕事で貢献できたらいいなと思います。

 

ーー製造業の価値観というと?

 

(白坂)すごく極端な言い方になりますが、建築に関していえば、街並みが良かろうが悪かろうが、安い人件費でものがつくれるまちならOKという価値観だと思います。そのような価値観では「居心地が良い街」という観点は入ってきません。僕は京都、吉祥寺、高円寺などに住んできました。妻は金沢出身。どの街も“住みたくなる街”でした。浜松はどうだろうか。生活する上ですべて足りるし、“住みやすい街”ではあるけれど、街並みとかその景色が醸し出す雰囲気がちょっと寂しい気がします。

 

――確かに金沢などは、浜松に比べても街並みや景観の美しい都市として知名度が高いですね。

 

(白坂)浜松は戦争で焼け野原になったことで歴史的建造物や街並みが失われたというのも大きいかと思います。それでももう70年以上たった訳ですから、そろそろ建物がもつ文化的価値を考えていきたいですね。

 

ーーとはいえ、文化に理解のある企業も少なくないと思いますが。

 

(白坂)「文化を大事にしないといけない」という思いはあるかもしれませんが、企業はまだ、文化や創造性に投資する直接的なメリットを感じていないような気がします。だから、文化は大事だと言っておきながら、コストメリット以外の価値観はおざなりにされるんでしょうね。でも、街並み、建物から文化を感じられる街はやっぱりいいですよね。ヤドカリプロジェクトでは、文化や創造性の価値観への投資もビジネスとしてメリットが得られると感じられるように仕掛けていく必要があると考えています。建築士のスキルをフルに活かして売上を増やそうという趣旨もありますが、儲けがあがるほど、産業界における発言力も増すという思いもあります。そうなれば建築や文化にも注目が集まり、相乗的にまちは魅力を増していくのではないでしょうか。建築士として提案し続けることが、創造的なまちづくりの一翼を担うことだと考えます。

 

▲白坂さんの事務所兼住まいになる物件第1号「がんばり坂の家」

 

「浜松では建築士の立場はまだまだ弱い」と白坂さんは言います。私たちは目に見えやすい、“見た目重視の設計”にとらわれがちですが、その先にはよりよい暮らし、心地よい街並みをつくりたいという思いがあると思います。白坂さんによる空き家の再生は単なるリノベーションではなく、建築という視点から創造的な暮らしの価値観を提案していると言えそうです。「ヤドカリプロジェクト」で新たな価値の付いた家が何軒も生まれたとき、それは浜松の価値観が変わり始める兆しかもしれません。

 

(プロフィール)

白坂隆之介

浜松市出身。大学で宇宙物理学を学んだ後、建築の世界へ転向。東京にてアトリエ設計事務所に8年間務め、学校や病院などの設計を担当。株式会社リージョン・スタディーズを設立し、浜松にUターン。「ヤドカリプロジェクト」を始動した。

 

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