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2017.01.11

山の価値をまちの人へ届ける、きこりの役割[前編]前田剛志さん

 

今、浜松で起きている面白いこと。そこには必ずキーパーソンがいます。
彼ら彼女たちがいるからこそ、面白いことが起きている。
その発想をひも解くと、「創造都市・浜松」の明日のカケラが見えてくるかもしれない。

 

〜天竜の森を歩いたことはありますか〜

 

No.1

 

天竜の森で今、起こっていること

日本三大人工美林に数えられる天竜の森。浜松市の森林面積は約10万3,000ヘクタールあり、全市域の約66%にあたります。そのうちの多くがスギやヒノキなどを育てている人工林であり、日本有数の木材産地として知られています。江戸時代には天竜材は遠く江戸まで運ばれ、まちづくりに大きく貢献。明治時代になると金原明善翁による植林も始まり、今に続く林業の礎になりました。さらに戦後復興の木材需要も重なって、かつての天竜地域は活況を呈していました。

森は治水や災害の防止、水資源の循環、二酸化炭素の吸収、さまざまな動植物の住みかなど、木材だけでなく多くの恩恵を私たちに与えてくれます。その一方で、輸入材による価格の低迷や後継者不足など、日本の林業は危機的な状況におかれているのも事実です。

今回は、山とまちをつなぐ、顔の見えるきこりとして活躍する前田剛志(まえだたけし)さんを訪ねました。

 

No.2

 

天竜二俣から車で阿多古方面へ向かうこと15分。杉林を抜けると、前田さんが活動の拠点とする「Kicoroの森」がある古民家に到着。その古民家は観音山の東麓にあり、標高は400mほど。遠くには雪を抱いた富士山を望め、南に目をやるとちょこんと飛び出たアクトタワーが見えます。「天気がいいと遠州灘がきらきらと輝いてきれいですよ」と前田さんが説明してくれました。

「きこりというと、山で木を切る仕事を思い浮かべる人が多いと思います。それ以外にも、木の苗を植え、下草を刈り、木が大きくなれば枝打ちや間伐など、たくさんの仕事があります。しっかりと手入れされた森では、光が地面に届くことで下草が生え、差し込む光の陰影がとても美しい世界になります。きこりのことを光のコーディネーターと呼んだりするのは、そんなところにも理由があります」

前田さんは千葉県四街道市の出身。バックパッカーとなって海外を旅する中、日本の自然の素晴らしさに気付き、林業を志すことになります。そして14年前、縁もゆかりもない天竜へ移住。平日は林業に従事するかたわら、木の心を意味する「Kicoro(キコロ)」の名前で森の魅力や価値を伝える出前講座やイベントの開催など、精力的に活動をしています。

 

No.3

▲この太さで樹齢60年ほど。天竜材は年輪の目が詰まった、粘りのある良質な木材として知られる

森は生きもの

切ったばかりの杉の切り株に斧を振るうと中から水が飛び出し、皮を剥いで触れるとじわっと水の感触が指に伝わってきます。「毎日何十本もの木を切っていると、いつしか木が生きているという感覚が麻痺してしまうんです」と話す前田さんは、木を切ることを殺生(せっしょう)という言葉で表現しました。「1本として同じ木はないのに、単なる商品として扱っている自分がいました。森から木をいただいているという感覚をなくしてはダメですね」

「天竜の森は木材を供給するだけでなく、治水や、二酸化炭素を吸収し酸素をつくったり、人間の暮らしを守ってくれる存在でもあります。でも、まちの人にとって山は遠く感じられ、いつしか大きな距離が生まれてしまいました。だから僕は山とまちをつなぐための活動を続けています。林業が行われている場所は、ほとんどが私有地なので気軽に入ることはできません。この山を買ったのは、もっと気軽に遊びにきて欲しい、そんな思いがあります。例えば会員制にして、1日中森の中に座ってぼんやりしたり、木に登ったり、自由に過ごせる場所にしたいですね。まちの公園は木に登っちゃダメとか制約ばかりですし」と笑う前田さん。

変わる価値観

前田さんが購入した山は、樹齢50〜60年ほどの杉やヒノキの人工林。他にも、カシやサカキ、ケヤキなどの広葉樹も生えていて、俗に言う里山。しばらく手入れされていませんでしたが、間伐することで地面に光が届き、シダの仲間であるコンテリクラマゴケが元気に育ち始めました。そこはまるで青色の濃淡が美しい絨毯のようです。

 

No.4

 

昭和20年〜30年代、戦後の拡大造林政策もあって人工林は急速に広がっていきました。当時の価値観は、「杉やヒノキを植えることで日本の経済成長に大きく貢献し、林業も儲かる」というもの。ただ林業は、野菜や魚、工場製品とは違い、収穫するまでに70年、80年という長い年月が必要になります。昭和39年には木材の輸入が全面自由化され、国産材の価格が下落。値段がつかないけれど、山を維持するために木を切らなければいけないという悪循環に。さらに後継者不足の問題もあり、いつしか林業は、補助金に頼らなければ生き残れない、儲からない産業になってしまいました。たった50年で価値観が180度も変わってしまったのです。

「林業の世界では木は3種類だけ。杉とヒノキと、それ以外を意味するカナギ。それは杉とヒノキ以外は商品価値がないということ。それだけでなく、曲がりのある木は規格外なので、捨てるか合板にしかなりません。経済の視点で見ると、山には杉とヒノキという商品しかありません。でも視点を変えれば、山にはさまざまな商品や可能性があることに気付きます」

「木材以外にもストーブの薪になったり、椅子などの家具の材料になったり。先日もフェアトレードを啓蒙する学生がカフェをつくる材料にしたいと曲がった木を持っていきました。カフェの壁面、カウンターチェアの座面、ドリッパーなどに使ったと聞いています。木そのものでなくても、森をトレッキングしたり、ツリーハウスをつくってみたり、使い道はいろいろとあります。森の中を歩いて鳥が鳴いているのを聞くのも心が豊かになると思いますよ。ずっとその土地にいると、当たり前すぎて価値に気付けない。よそから来た人間だからこそ気付ける価値があると思います」

 

No.5

▲2016年11月、浜松市東区にあるシェアオフィス内にオープンしたカフェには、Kicoroの森の木が使われている

 

前田剛志

きこり/Kicoro代表
2003年、浜松市天竜区に移住し林業に携わる。学校での出張講座や木育授業をはじめ、木材の伐採からデジタル工作機械を使ったものづくりまでを体験する「FUJIMOCK FES」などを行う。森の価値やそれを守るきこりの役割を伝え、山とまちをつなぐさまざまな活動を実践している。

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